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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(行ツ)41号 判決

名古屋市瑞穂区中根町二丁目二〇番地

上告人

村上国光

右訴訟代理人弁護士

竹下重人

山本正男

名古屋市瑞穂区瑞穂町字西藤塚一番地の四

被上告人

昭和税務署長 所順一

右指定代理人

藤井光二

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和四八年(行コ)第一〇号所得税更正処分取消請求事件について、、同裁判所が昭和五一年一月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人竹下重人の上告理由について

本件各土地が租税特別措置法(昭和四四年法律第一五号による改正前のもの)三八条の六第一項の事業用資産にあたらないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、あるいは独自の見解を前提として原判決を論難するものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本林譲 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 栗本一夫)

(昭和五一年(行ツ)第四一号 上告人 村上国光)

上告代理人竹下重人の上告理由

第一点 原判決(原判決が引用する第一審判決を含む。)の事実認定は、経験則に違反する。

一、原判決は、本件各土地が譲渡された当時、上告人は本件各土地を事業の用に供していなかつたものと認定した。

二、上告人がその住所地において本件土地を含めて数町歩に及ぶ農地を所有し、三〇年を超える長期に亘り、家族の者と共に農業に専従していたこと、昭和三七年ごろからは上告人の営む農業は野菜の栽培のほかに養鶏業を加えて順次多角経営化しつゝあつたことは、第一審における上告人尋問の結果および原審における証人村上国弘の証言によつて明らかである。

三、上告人が多数の子女を養育し、それらの者に生計の途を拓いてやるためには、上告人の有する農地等を多角的に活用して、農業を主体とする家業の発展を図る以外に適切な方途の存しなかつたことも前記証拠によつて明らかである。

四、本件土地が昭和三九年一〇月に設立された名古屋市中根南部土地区画整理組合(以下組合という。)の施行する区画整理事業の対象地域に含まれて、区画形質の変更がされたこと、組合の事業目的が宅地造成にあつたこと、昭和四〇年一〇月二〇日本件各土地に対する仮換地指定処分の効力が発生したことは原判決認定のとおりである。

五、右仮換地指定の効力の生じた時点において、本件土地が、宅地としての用途に適するように区画、形質に変更を加えられた状態にあつたとしても、そのことから直ちに本件土地が農業の用に供し得なくなつたことを意味するものではなく、一応区画整理は実施されても、農作物を栽培する事例は少なくないことである。上告人が区画整理後の本件土地に、昭和四〇年、四一年の間に南瓜や西瓜の植付をして、何とかして農事を継続しようと試みていたことも前掲証拠によつて明らかなところであつて、本件土地が区画整理の対象とされ、埋立が終了したことによつて、農地としての用を廃したものと認定することは、農民の農地に対する執着と、上告人の家庭における農業継続の必要性を無視したものであつて、農民は、絶対不可能となるまでは、農地としての用途を見捨てるものではない、という経験則を無視したものである。

六、原判決は、上告人が試みた南瓜、西瓜等の作付は「土地を遊ばせておくのはもつたいないからという意味で行つたに過ぎず、従来通り生業としての農業経営により、所得を得る意思まで存したわけではなく」と認定しているが、これは原審における証人村上国弘の証言の記録で明らかなように「元々、将来は宅地にして売るつもりで造成に加わつたわけでしよう」、「まあこれは、わたしのほうで、あんたの言うことを信用するかせんかということで、信用されなけりやあんたが不利だろうと思うから聞くんです、あんまりでたらめのことを言えば信用されんだけだから……」、「宅地化したあとで、ずつと永久に農業をやるということは、常識上考えられないもんだから、一時的に、宅地として売るまでの間……まあ……何か植えておけば遊ばしておくよりもいいと思つて植えたのか」というように、裁判長の強く誘導的、威圧的な尋問に、とまどつて混乱した証人の証言のうちの数語をとらえた認定であつて、極めて不適切である。

しかも、原審裁判長の右のような質問は、本件土地の外にも上告人所有の農地があつて、上告人はその農地における野菜類の栽培や、養鶏事業を併わせた多角的農業によつて、将来とも永久に所得を得ようとしていたこと(第一審における上告人尋問の結果)をことさらに無視した尋問であつて不当な誘導であつた。

第二点 原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈の誤りがある。

一、原判決は昭和四四年法律一五号による改正前の租税特別措置法三八条の六第一項の規定の適用が認められるべき事業用資産とは現に事業の用に供されているものでなければならない、として、その余の解釈の余地はないものとしている。

この点について、第一審判決は、資産の譲渡時現在において、現実に事業の用に供されていなくても、その所有者において事業の用に供する意図のもとに所有しているものであつて、現実に事業の用に供しえないことにつき止むを得ない事情がある場合には、その資産はなお事業用資産たる性質を喪わないものと判示している。この解釈が右法条の規定の立法趣旨に即した正当な解釈である。

二、本件各土地は、区画整理事業開始前は農作物栽培の用に供されていたものであり、昭和四〇年一〇月に仮換地指定がなされれた時点には、公共的事業である区画整理事業によつて、宅地向きの土地に区画、形質が変更され、上告人の数次の努力にかかわらず農作物の栽培は極めて困難な土地になつていたことは、原判決認定のとおりである。

三、上告人が、本件土地による野菜類の栽培は困難であり、本件土地を養鶏場として使用することは、周囲の環境からみて不可能であると判断し、しかも家業の維持と子女の生計の確保のためには、本件土地を除いた所有農地での農業だけによつてその目的を達することができなかつたため、名古屋市の郊外地域に土地を求め、そこに養鶏場を移転し、養豚、養魚等の事業を開始しようとし(このことは、第一審における上告人本人尋問の結果により明らかである)、それらの 事業用資産の取得のために本件土地を換価したものであり、それ以外に上告人の家業継続の方途がなかつたという事情に徴すれば、本件各土地の処分が仮換地指定時から二年ないし二年八月経過後に譲渡されたものであり、その間事業の用に供したとは言い難い状況にあつたとしても、それは己むを得ない事情があるというべきで、本件土地は譲渡時において、なお右法条にいう事業用資産に該当したものと解すべきである。

四、なお第一審判決が「仮換地指定の効力が発生して、本件土地の使用収益が可能になつた以後は、……本件土地上に事業用の建築物を建てるなとして、原告において本件土地を農業に限らず、他の製造業、卸売業、小売業、サービス業、その他の事業の用に供せしめることが現実に可能であり……」、と言うのは、上告人の家庭の状況が農業を主体とする外に方途がないという状況(上告人の第一審における供述)を無視したものであつて、情理に反する。したがつて、農業に頼つてきた者で、高等教育を受けていない子女の多くを抱えている者は、容易には農業以外への転業を決心し得ないものである、という経験則に反する認定であつて、不当である。

以上

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